大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)130号 判決

被告人 松尾一美

〔抄 録〕

本件控訴の趣旨は、弁護人高橋勇次が差し出した控訴趣意書および控訴趣意補充書に記載されたとおりである。

論旨は原判決の事実誤認を主張するものであるので、まず原判決の認定判示しているところをみると、それは、要するに、被告人が昭和三八年五月四日午後七時半ごろ大型貨物自動車を運転して川崎市長尾四七一番地先の通称府中県道を府中方面から川崎方面に向かつて進行中、前照灯を下向きにしたまま前方左右をよく注視しなかつたため、同一方向に向かつて第一種原動機付自転車を運転進行中の中尾弘和を発見することができず、この自転車に自車の左前輪泥よけの側面を接触させて同人を路上に転倒させ、それによつて生じた傷害により死亡させた、というのである。そして、論旨が特に強く主張するのは被告人の運転していた貨物自動車が右の原動機付自転車に接触した事実はないということなので、一件記録をよく検討してこの点を考えてみるのに、このような接触の事実は被告人としては司法警察員の取調を受けた当時から終始認めていないところであり、また事故当時被告人の自動車のうしろについて走つていた乗用自動車に乗つていて中尾弘和の転倒する瞬間を目撃したという原審証人長岡壮および熊谷良平の供述によつてもこの接触の事実は明瞭ではない。ただ、被告人の自動車が通過した直後に中尾弘和が道路上に倒れたことは証拠上疑いのないところであるし、他方、事故直後、被告人の運転していた貨物自動車の左前輪泥よけの側面に細い横線の真新しい接触痕があつて、この接触痕がいつ生じたかについては被告人自身も説明することができないという事実があり、かつ本件の原動機付自転車のハンドル右握りゴム先端、前輪ブレーキレバー先端、バツクミラーなどの取付ゴムおよび金具の先が削りとられていたことが認められるのであつて、これらの事実からみると、右の接触痕こそ被告人の自動車と前記原動機付自転車とが接触したことを有力に物語るものではないかとの疑いがないわけではない。しかしながら、この原動機付自転車に被告人の自動車の塗料が付着していなかつたことは司法警察員の実況見分調書に記載されているところであるし、なによりも、原審証人青木鉄次郎(本件の捜査に当つた司法警察員)の供述するところと前記実況見分調書に添附された写真とによると、前記の貨物自動車の接触痕と原動機付自転車のブレーキレバー(同証人の供述に「クラツチレバー」とあるのは「ブレーキレバー」を指すものと解される。)およびハンドルとは高さにおいてかなり相違しており、バツクミラーとも高さが一致しないうえに、バツクミラーの形状と接触痕の形状を比較してみても、これらの部分が接触して生じた接触痕だと断定するにはあまりに疑問が多いのである(もつとも、青木証人は、この点に関し、「トラツクが急ブレーキをかけ、バイク(原動機付自転車)が左にブレーキをかけた場合には、バイクのハンドル部分とトラツクの傷跡とが一致することはありうる。」という趣旨の供述をしているが、本件の場合、右のように貨物自動車が急ブレーキをかけ、原動機付自転車が左にブレーキをかけるという前提が認めがたいことは論旨の指摘するとおりだと考えられる。)。そして、他方、ハンドル、ブレーキレバー、バツクミラーなどの損傷に関しては、のちに述べるように転倒地点の手前約六・三メートルの箇所から転倒地点までの間の路面に五個の擦過痕があり、原審証人青木鉄次郎の供述によれば、この擦過痕は原動機付自転車の金具でほじつたような傷だと思うというのであるから、それによつて生じた損傷だとも考えられるのである。次に、本件では、被告人が原動機付自転車の転倒した地点から約五〇メートル進行したところで貨物自動車をみずから止め、かつその場にいた者から「だれがやつた」と聞かれて「私がやつた」と答えた事実があつて、このこともまた接触の事実を疑わせるものである。しかしながら、この点についての被告人の弁解によると、自動車のうしろで大きな音がしたので、自分の車がなにかとぶつかつたかと思い停車したのであり、後方からついてきた乗用車に乗つていた者から「人をひいたぞ」と言われたので自分でもその時は自分がやつたと思いこみ、「私がやつた」と言つたというのであつて、これだけの事実からは直ちに実際にも被告人の貨物自動車が原動機付自転車に接触したと認定するわけにはいかない。かえつて、この原動機付自転車が右のほうに倒れたと認められる事実およびそれが被告人の貨物自動車にひかれた形跡のないことは、所論のとおり自動車との接触と矛盾するように思われるし、さらに、中尾弘和が路上に転倒した原因については、特に次の事実に注目する必要がある。すなわち、前記司法警察員の実況見分調書によると、この道路の川崎方面に向つて左側(つまり被告人および中尾の進行方向左側)には高さ〇・七メートルの車両防護柵が設置されているのであるが、この防護柵にごく接近した道路上の砂塵の中に、中尾の転倒地点から元来た方(府中方面)に向つて約二〇メートルの地点を起点として長さ一三・四〇メートルのタイヤ跡一条(そのうち府中寄り七・六〇メートルの部分の幅は一〇センチメートル、川崎寄り五・八〇メートルの部分は幅一六センチメートル)が柵に沿つて川崎の方向へ走つており、そのタイヤ跡の消えた地点より道路中央に寄つた箇所から転倒地点までの間には路面上に五個の擦過痕があつたことが認められる。そして、原審証人青木鉄次郎の供述によると、この擦過痕は前述のように原動機付自転車の金具でほじつたような傷だというのであるし、右のタイヤ跡もまた原動機付自転車のもので、しかも本件事故に近い時間内にできた跡だと思われるというのである。しかも、同じ実況見分調書によると、右の防護柵の道路に面した上部側面のほこりが右のタイヤ跡のほぼ中間(タイヤ跡の幅が前記のように変化している箇所の前後)に相当する部分において長さ一・四〇メートルと〇・四〇メートルに区切れて幅一センチメートルにわたつて離脱し、白色の線のようになつていたという事実が認められるのであつて、これらの事実を総合すると、右のタイヤ跡が中尾の運転していた原動機付自転車のものだと断定することまではできないにしても、その疑いはかなり強く(この疑いを消し去るだけの証拠は本件では存在しない。)、かりにそうであるとすれば、右の原動機付自転車がなにゆえか道路左端の車両防護柵に接近しこれに沿つて通行するうち防護柵に接触し、その反動で右のほうへ転倒したのではないかという推測もなり立つのである。それゆえ、中尾弘和が転倒したという事実から貨物自動車との接触を推認することもまたできないといわなければならない。そして、その他にこれを認めるに足りる証拠は存在せず、被告人の運転する貨物自動車と中尾弘和の運転する原動機付自転車とが接触したと認定するには明らかに合理的な疑いが残るといわざるをえないから、原判決にはこの点において事実の誤認があり、しかもこの接触の事実は本件訴因の根幹をなすもので、その点の誤認は判決に影響を及ぼすことが明白であるから、論旨は理由があり、刑事訴訟法第三九七条第一項・第三八二条によつて原判決は破棄を免れない(なお、付言すれば、かりに前記推測のように中尾弘和が車両防護柵に接触したため転倒したとみるとしても、なぜ同人がそのように防護柵に接近して進行しかつこれに接触したのかという点になると要するに不明で、あるいは被告人の運転する貨物自動車を避けるためであつたかとも考えられないではないが、それも必ずしも明らかではなく、そうだとしたところで、その場合の被告人の過失に至つては到底これを判定するだけの資料はない。)。

そして、本件は訴訟記録によつて直ちに判決をすることができる場合にあたると認めるので、刑事訴訟法第四〇〇条但書を適用して被告事件につきさらに判決をするのに、本件公訴事実はこれまでに説明したところから明らかなようにその証明がないので、同法第三三六条によつて被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

(新関 中野 伊東)

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